好きなものを愛でていれば、人生おわる

どう転んでも生きにくさにのまれない方法を模索中(詳細:ブログ記事【はじめに】)。ジャンル特化ではなく、模索結果に沿った作品を紹介。毎週木・日で更新予定。

人:星野源さん

『引っ越し大名!』公開記念、そしてワールドツアー開催決定記念として、今回は星野源さんについて書きたいと思う。

源さんについては、人となりや活動が広く知れ渡っているし、大勢の人に愛されているうえに、コアなファンもとてつもなく多い。
私はコアなファンといえるほど活動を追っているわけではないのだけれど、好きな部分がとにかくたくさんある方なので、私なりの好きなところを書かせて頂きたい。

 

まず、佇まいが好きである。
私は、人の表情やしぐさに惹かれることが多い。
話す言葉と同じぐらい、もしくはそれ以上に、人の気性が出る部分だと思う。
その点、源さんは完璧だ。
温かさ、繊細さ、芯の強さなどが、柔らかくも凛とした佇まいに現れている。
ドラマや映画の宣伝でバラエティ番組に出た際の、主張しすぎるわけでもなく、かといって表面的な会話でもない自然でニュートラルな姿勢は、いつも素敵だなと思う。

 

次に、源さんのつくる音楽が好きである。
技術的なことは勉強不足のため、とても感覚的な話になってしまうけれど、
私が好きだなと思う音楽は、

・予想できる音を超えた音が詰まっていて密度が濃い
・至極シンプルで研ぎ澄まされた感じを受ける
・ドラムが気持ちいい ものであることが多い。

源さんの音楽には、そういう要素が満載である。
マリンバやMPCなどいろいろな楽器を使い、幅広いジャンルの音楽をミックスしながら、自分にしかできない音楽を創ってくれるところが大好きである。
楽しそうに音楽を奏でている姿を見ると、音楽って本当にいいよなと改めて思う。

 

そして、考え方がたまらなく好きである。
前述のとおり、源さんの音楽が好きな私は、数年前に初めてワンマンライブへ行く機会に恵まれた。
人となりはもちろんそれなりに知っていたのだが、より詳しく知りたいと思い、エッセイを読み漁った。

その結果、琴線に触れる部分があまりにも多く、おこがましいことは承知のうえで、求めている世界が似ている仲間だと思った。
中でも私的にぐっときた言葉を、三つ紹介したい。

 

『そして生活はつづく』(文芸春秋(文庫版)/2013年)より

自分に嘘をついてまで、この人たちの全部を好きでいようとした理由は、今となってはよくわからない。(中略)今では、発表する曲の全てを好きになれる音楽家なんていないし、全公演最高におもしろい劇団なんかありえないと、当然のように思っている。どんな人でも、生涯を通じて完璧なものを作り続けることはできないし、しかも、それが全て自分の好みに当てはまる確率はとても少ない。でもそれは悪いことじゃないし、当たり前である。なぜそのことがわからなかったのか。自分に嘘をつき続けてきたのか。私は今でも、本当によくわからない。 

この本は、源さんの生活や価値観がつまっている作品である。
当時から変わったこともあれば、変わっていないこともあるだろうけど、価値観については変わっていないことの方が多いのではと、何となく思っている。
その中でも「逃避できる世界への深い愛情を持つ」というところは、源さんにとって大きな軸のひとつなのではと考えているし、共感している部分でもある。
中高時代の源さんが、好きな人たちの全部を好きであろうとした姿は、愛の表現だったのではないだろうか。
「絶対的な味方の、絶対的な味方でいたい」というとても純粋な思いから来ていたんじゃないかな、と答えが出ないのをいいことに想像した。

私自身を鑑みると、後は「好きなものを嫌いになるのが怖い」ということもある。
好きなものに支えられている自覚がある分、その対象に何も感じなくなってしまった時が怖い、という感覚である。

好きという感情のわからなさ、のような哲学的な問題についてつい考えてしまう人が好きな私は、このような問いを読者に投げかける源さんにますます興味を惹かれた。

 

『蘇る変態』(マガジンハウス/2014年)より

死ぬことよりも、生きようとすることの方が圧倒的に苦しいんだ。生きるということ自体が、苦痛と苦悩にまみれたけもの道を、強制的に歩く行為なのだ。だから死は、一生懸命に生きた人に与えられるご褒美なんじゃないか。(中略)地獄は相変わらず、すぐ側にある。いや、最初から側にいたのだ。心からわかった、それだけで儲けものだ。本当に生きててよかった。クソ最高の人生だよ。まったく。

これは、1回目のくも膜下出血の手術を行った後の言葉である。
死を争う大手術の後に、生きることの喜びとか、この世のすべてに感謝とかではなく、生きることの方が圧倒的に苦しい、と悟るのが源さんなのである。
あぁ、そういう人だから信頼できるんだよなと思う。
そして、苦痛と苦悩にまみれているとしても「生」を自ら選び取ったという感覚。大病を経験したことのない私は、この感覚自体には何となく覚えがあるような気がしながらも、やはり本当にはわかっていないのだと思う。

苦痛と苦悩の中だからこそ一層輝くような、生きることの中にしかない何かを追い求める覚悟のようなものを感じ、とてもぐっときた。

 

『いのちの車窓から』(KADOKAWA/2017年)より

 赤いサンタ帽をかぶり、ペットをつれた、焦げ茶色のボロボロのコートを着たおじいさんとすれ違った。手に繋がれたひもの先には、小さいサンタ帽をかぶったタワシがあった。ペットではなかった。おじいさんは、ただタワシをずるずると引きずって歩いていた。何を言うわけでもない、派手に動くわけでもない、ただまっすぐに交差点を歩いていた。喧噪と人の波にゆっくりと混ざっていくその背中は、なんだか「伝われ」と叫んでいるように見えた。

源さんのエッセイで一番好きなのが、この本である。
今までよりも文章がシンプルになっているためか、心の機微がじっくりと伝わってきて、何度も胸を打たれた。
源さんってこんな人なんです、ということを全国民に読ませて知らせたくなるぐらい、人への思いやものごとの捉え方に対する温かさが伝わってくる作品である。

その中で引用したのは、横浜アリーナでのライブを終えた1週間後のクリスマスに渋谷で見たという光景の描写だ。
こういう風に世界を見ているなんて、多くの人を魅了できる存在になるのは必至である。人としての美しさが根幹にあるから、源さんの表現するものは心地が良く、これからも多くの人を救い続けるんだろうなと思う。

 

以上三選でした。
以前宮本さんの記事を書いた時も思ったけれど、一人の人物を一記事で紹介するのは無謀ですね。
書ききれないし、まとめた伝えたつもりが、うまく伝えきれない。

いずれ一作品ずつなど、ゆっくり紹介していけたらなと思う。

 

そして生活はつづく (文春文庫)

そして生活はつづく (文春文庫)

 
蘇える変態

蘇える変態

 
いのちの車窓から

いのちの車窓から