好きなものは、自分で決めるので

私にとっての良いものを表現してくれる作品を愛でるブログ。

【はじめに】楽しく生きるために考えた私の結論~ブログ記事掲載の方針

平成が終わり、令和が始まって3ヶ月。
私は、ある一面で令和にとても期待している。

それは、精神面で生きやすくなる人が多くなるはず という面だ。
働き方、考え方、結婚、恋愛、家族、人間関係、性差、お金、生活 ・・・
少しずつだけど、それぞれの在り方が多様化している気がする。
10年前、いや5年前と比べてもけっこう変わってきている。

従来の世間の価値観には何となくもやもやし続けてきた私だが、自分がどうすれば安定した気分で楽しく生きていけるのか、最近やっとわかってきた。

 

今のところ、結論は ↓

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いろいろなところで言われているけれど、やはり何よりも重要なのは「自己肯定感」だと思う。
何もしない状況でも、ありのままの自分を受け入れて認める、ということができれば、もう怖いものなしだろう。

 

自己肯定感を支えるもの① 核となる価値観の形成

ありのままの自分を受け入れて認めるために「自分の全てを好きになること」を条件にすると、一生無理だわ…で私の場合は終わってしまう。
なので、「自分に愛を持つ」ことにする。 ※愛=受け入れる覚悟

核となる価値観が自分の好みなものによって形成されていれば、そこから基本姿勢がぶれない限り、私は私をとりあえず愛していけると思っている。

価値観の形成には、もちろん今まで積み重ねてきた諸々があるのだけれど、好みな価値観を自分の核として携え、補強していくためには、自分の考えていたことや理想とするものを視覚的・聴覚的に表してくれる作品が無くてはならない。

 

・自分と向き合い続けている人の美しさを感じられる作品
・真に公平で上辺ではない温かさを表現している作品
・圧倒的な美意識や世界観で度胆をぬいてくる作品
・もやもやを掬い取って論理的に言語化してくれる作品 などが該当する。

 

私は冒頭で、精神面で生きやすくなる人が多くなるはず と書いた。
こう考えられるのは、今まで見たり聴いたりしてきた敬愛するものたちのおかげだ。

昔からテレビ、本、漫画、音楽、映画などのメディアが大好きで、そういったものに愛着が強い自覚はある。楽しむために触れていたものたちは、生きることが苦しくてすがるように触れた時、驚くほど私を救ってくれた。

作品に触れるというのは、創った人の心の奥深くに触れることや、知の結晶を見せてくれることと同義である と実感できる作品に出会うほど、そういうものを創れる人の作品を追い続けるほど、私にとっての世の中は大きく広がり、どんどん生きやすくなった。
今の私を支えているのは、まさしくそのようなもの全てといえる。

 

自己肯定感を支えるもの② 自活の術

これは、図において「人」を点線で表したことと関係する。

自己肯定感を支えるために、人を頼りにするのは危険だなと私は考えている。
もちろん、周りの大切な人たちを愛することや、そういう人との関わりはとても大切なことである。
けれど、誰かに認められることが自己肯定感の支えになるのは、相手の自分に対する感情が一生変わらないまま、自分の命が尽きる時までいてくれるという場合のみである。そういう運や縁を持ち合せていれば最高だけど、全ての人がいつでも持てるようなものではない。

お金をたくさん稼ぐ方法などは、私にはわからない。
けれど、日々の生活の中でささやかなことを楽しむとか、さまざまな問題や不安などを考えて考えて工夫でのりきるとか、自分の力だけでも何とかやっていけるかも、という自信をつけることは、さまざまな環境下にある人にとって、自己肯定感を支えるための術になりうると思っている。

 

このブログでは、主に①の紹介、たまに②について といった具合で、いろいろ書いてみたいと思います。

よろしくお願いします。