好きなものは、自分で決めるので

私にとっての良いものを表現してくれる作品を愛でるブログ。

人:宮本浩次さん(エレファントカシマシ)

先日、俳優の高橋一生さんがテレビで宮本さんについて話していた。
「宮本さんへの熱い思いを伝えるには、丸2日とか3日かかる」と仰っていたが、おそらく多くのファンが同感です、と思ったことであろう。

 

世間の像ではない「自分の思う宮本さん」像を日常会話内で上手く伝えきる自信がないゆえ、ファンであることを普段はあまり公言していないほど、私はエレファントカシマシを、そのボーカルである宮本浩次さんを敬愛している。
なぜ私が宮本さんを敬愛しているかというと、彼は、私の知っている人間の中で「最も生きている人」だからだ。

 

歌人穂村弘さんは「生きのびる」ことと「生きる」ことを分けて考えている。
「生きのびる」とは生きていくための営み(ご飯を食べる、眠る、お金を稼ぐ等の社会的行為)の上で成り立つもので、「生きのび」ないと「生きる」ことはできず、一方で「生きのびる」ために「生きる」わけではない。

生きのびることで人生が終わってしまう人がほとんどの中で、「生きる」ことに純化した魂の輝き を誰よりも感じる人が、私にとっての宮本さんである。
「小金持ちになりたい」など生きのびるための発言もしているのだけれど、あくまで生きた結果として、そういう状態を求めていることが伝わってくるのが、宮本さんなのだ。

 

きっかけは、2008年の新春ライブ(in ZEPPTOKYO)を見たことである。
もともと曲が好きでCDをしょっちゅう聞いていたのだが、友人からライブ観戦に誘われ、軽い気持ちで着いていった結果、私はそれまでの人生の中で、最も度胆を抜かれることになる。

このまま倒れてしまうのでは、と心配になるぐらい力を振り絞って体全体で歌う姿、どんなに動いてもびくともしない正確なピッチと信じられないぐらいの声量、リアルタイムで変化する宮本さんの指示に必死でくらいついていくメンバー。
音楽系の部活に入っていた私は、楽譜に書かれていることをいかに正確に表現するかが音楽を伝えるうえでの肝だと思っていたが、その価値観は一瞬にして更新された。
誰にも真似ができないほどの圧倒的なパフォーマンスは、理屈など頭で考えることの全てを超えて、聴いている人へそのまま届くのだ。

 

その後、私は加速度的にエレファントカシマシにのめり込んでいくこととなる。
全ての曲を聴き、その歌詞を読み、テレビ出演や雑誌などのインタビューをチェックし、宮本さんの人となりや考え方を知るにつれ、彼の生きる姿勢そのものにも強く惹かれていった。

尊敬できるところや好きなところは限りなくあり、本当にいくらでも語ることができるのだけれど、特に惹かれている部分は「自分を信じる強さと、その自分への正当な評価を求める姿」である。
歌詞やインタビューでは、この姿がいつでも根底にある。
宮本さんはその面においてとても正直な人であり、自分の歌に対する自信も、売上を気にする貪欲さも、全てむきだしで私たちへ提示する。
その才能を信じるファンは、同じように(もちろん本人の比ではないが)喜びやもどかしさを味わいながら、彼の勝利を祈り続けている。

 

2019年。
宮本さんは、私が10年以上追いかけてきた中で、最も注目されている。
30周年で行った47都道府県ライブでの大成功、椎名林檎さんや東京スカパラダイスオーケストラとのコラボ、今年始まったソロ活動。
ようやく正当な評価を世の中から受け始めている気がする。活き活きと楽しそうな宮本さんの姿からも、そのことを実感していることが感じられる。
一ファンとしては、ずっと願ってきた状況が叶おうとしていることはとても嬉しいし、宮本さんにしたいことがあれば、思い残さず全部してほしいと思っている。

そのうえで、宮本さんの、エレファントカシマシの魅力はもっと伝わる、もっと届くはずと思っている。
どこの熱狂的なファンも、おそらく同じことを思っているかもしれないけれど、いいね程度の感覚を超える、自分の核の部分を震わしてやまないものがあることを伝えたい。

 

今回の私にはこれぐらいしか伝えることができなかったけれど、こうやってよりどころになってくれるものが日常生活の外側にあるのは、本当にありがたいことだなと思う。
最近巷でよく聞く「推しのいる生活」という言葉(とその意味)を考えた人は、こういう感覚をうまく言葉にしていて、天才だわ。