好きなものは、自分で決めるので

私にとっての良いものを表現してくれる作品を愛でるブログ。

ネット:『不思議.net』『哲学ニュースnwk』

何かに集中している状態を除いた全ての時間において、気づけば妄想劇場が始まってしまうのは、人類共通の悩みなのだろうか。

楽しい妄想ならばまだいいのだが、私の場合は不安から始まる妄想の方が圧倒的に多い。
不安を抱えたまま眠らなければいけない時などは、とにかく最悪だ。
次の日は仕事があるのに、布団に入ってから何時間も寝れないということを何度繰り返したかわからない。
翌日の睡眠不足からくる体調の悪さとイライラ感は、思い出しただけでげんなりする。

今まで、この不安妄想劇場に何千時間と費やしてきた。
おそらく自分を信用できず、大事に守りすぎたせいだと思う。
最悪の事態を妄想しておくことで、いざ本当に嫌なことが起こった場合にショックを和らげるための保険として、この思考回路ができあがってしまった。
(余談だが、今までの人生では、最悪の事態が起こることはほぼ無かった。まれに起こることもあるけれど、そこに必要なのは対処法だけで、詳細な妄想をする意味があったことは無い。)

その結果、私はとうとう私自身に付き合うのに疲れてしまった。
幸か不幸か、不安妄想劇場に付き合ってあげる気力が無くなってしまった。
気力が無い分、いろいろな工夫で乗り切っているのが今の状態であり、今のところ、この作戦は功を奏している。

しかし、またいつ不安の波が襲ってくるかはわからない。
そんな時に有効だと考えているひとつの手段が「少し不思議なものにふれること」である。
日常性からはみだした不思議な話。
藤子・F・不二雄先生はSFを「少し不思議」と解釈し、多くの短編を描かれているが、私はこの世界観が大好きなのである。
藤子・F・不二雄先生の作品については改めて語りたいので、今回はこの世界観の効能について書きたい。

 

まず「少し不思議」は、他の感情を簡単にシャットアウトできる。
何かの作品を見聞きした際、その作品と似た出来事を思い出してしまい、そこから妄想が膨らんでしまうことがあるけれど、この世界観にはその心配がない。
心霊体験も、タイムリープも、奇跡的な偶然から起こる出来事も、パラレルワールドも、少なくとも私には似たような出来事が一切ないからだ。
もし自分も過去に戻れたら、並行世界に行けたらと考えることもあるが、まず起こらないであろうことに数秒で気づき、過去や現在の後悔でくよくよしてしまう前に妄想を止めることができる。
似た経験がないことも関係するのか、話しの流れが予想できないものも多く、集中して見聞きしないと展開を追えないのも良い点である。

このような「少し不思議」で魅力的な作品は数多くあるけれど、今回のおすすめは「不思議.net」「哲学ニュースnwk」である。

いわゆるまとめサイトであり、

・毎日更新されていること
・時間がない時にさっと読めるものも多く、簡単に気分を変えられること
・ジャンルがそれなりに幅広いため、自分の好みにあった記事を見つけられること

から、頻繁に見ては楽しんでいる。

 

特にタイムリープパラレルワールドは、投稿者自身に起こった体で話が進められていくため、その「現実に限りなく起こりえるかもしれない感」がたまらない。
宝くじで何億も当たっている人が実在するように、本当にそういう経験をした人が一人ぐらいはいるかもしれない、と思わせてくれるぐらい、設定などを作りこんでいる記事が多いのだ。

まず起こらないけど、けれど0%と言い切れる根拠もないしな、というスタンスでい続けることによって、この世界観をこれからも楽しみたいと思う。