好きなものは、自分で決めるので

私にとっての良いものを表現してくれる作品を愛でるブログ。

本:『寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか』(チェコ好き(和田真里奈))

今回は、タイトルが素晴らしいブックガイド本について語りたい。

 

もともと、私はチェコ好きさんのファンである。
きっかけは、数年前にブログかネットコラムで本の紹介記事を見たことだったと思う。思慮深くて聡明な文章がとてもかっこよく、さらに大学院でチェコ映画の研究をしていたという経歴を知り、同世代だけど到底追いつけない…!という敗北感と羨望を感じた。

同じ人は少なくないと思うのだが、私はすごいなと思った人の年齢を真っ先に調べてしまう癖がある。そしてその人が年上だった場合、自分と同じ年齢の時に何をしていたかまで調べる。
調べた結果、私もこれからだと奮起することもあれば、今まで何をしてたんだという焦りを生むこともある。
興味本位で見ているという理由がおそらく大きいけれど、どちらにしても時間を意識するきっかけにはなるので、このまま続けようとは思っている。

今までそのように調べてきた中で、文章を書く方として同じ年齢だったのは、覚えている範囲ではチェコ好きさんだけである。
さらにおこがましいことを承知のうえで、生きるために求めているものやその姿勢にシンパシーを感じている。
同世代で生きる姿勢と境遇が似ている方という親近感と、その聡明さに羨望を持ったまま、本を出されたということでさっそく購入した。

 

この本は、タイトルのとおり「寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか」と思っている人への応援歌のような本だった。
このモヤモヤとは、おそらく「風潮」「その風潮に何となく流されていないと生きづらい世の中」が作りだしている。

今までの記事でも書いているが、私は「偶発的でも意図的でも、広範囲に伝わった作品」が風潮(世の中の空気)を作っていくと考えている。
ここ最近は多様性を認めようといわれているが、そもそもそんなことは当たり前だと胸を張って伝えてくれるような作品が増え、それにあわせてバラエティなどの在り方も少しずつ変わってきているように感じる。
今はおそらくその過渡期であり、令和は私の敬愛する作品たちがモヤモヤを取っ払ってくれるはずだと信じている。

もちろんこの本も、今の考え方や生き方に自信を与えてくれる一冊となった。
その中で、私も考えたくなったことについて、下記に書いてみようと思う。

 

本そのものへの愛

「本当にほしかったもの」だけは、きちんとつかみとることができていると思う。そしてそれは、これまで読んできた本のおかげだと言い切っていいだろう

たくさんの本を読んで様々な人の人生に触れていると、価値観はいやでも寛容になってくる。だからやっぱり、人間関係で不安になりがちな人ほど、私は合コンや飲み会よりも読書をすすめる

 というチェコ好きさんの本への愛は、完全に同意である。
私も20代で縋るように読んでいった数々の本のおかげで、今の私は自分の足で立って生きている感覚を持てているからだ。

私が大学を卒業してから最初に入社したところは、当時の大多数が持つ価値観をそのまま生きられる人ばかりが集まった会社だった。本当は違う人もいたかもしれないが、少なくとも日々の仕事や飲み会において、私は思ったことをそのまま口に出すのは諦めるようにしていた。

そんな窮屈で肩身の狭い思いを救ってくれたのは、まさしく本をはじめとする作品たちである。
自分と似た価値観で救ってくれるものや、思いもよらなかったわくわくするような考えを見せてくれるものなどから「私は間違っているわけじゃない、というかそもそも正しいものはない」と教えてもらえていなかったら、と想像するのも恐ろしいぐらい、感謝している。

 

一人の時間を生きるということ

上野千鶴子さんの書籍『ひとりの午後に』を受け、チェコ好きさんは、以下のような考えを述べていた。

先回りして将来に備えて孤独にならないよう回避してしまうのもいいけれど、それだとやっぱりキリがない。それよりは、どんな惨めな晩年を迎えたとしても、「それもまたよし」としてしまうほうが、ある意味では万全ではないだろうか。

これは目から鱗である。どうなっても「それもまたよし」と思える覚悟さえ持てれば、それは何よりも無敵だ。
大槻ケンヂさんの書籍『サブカルで食う』に「死ぬまで生きればいいだけ」という言葉があり、私はそれを密かに座右の銘としているのだが、最後の瞬間まで後悔する隙がないぐらい、自分を許してあげたいし、満たしてあげたい。

 

またこの本では、大人の趣味問題についても語られている。
「読書、ひとり旅、映画鑑賞といった非リア系趣味は、年を取ると新鮮味がなくなってきて若い頃のようには楽しめなくなってくるらしい」という問題について、チェコ好きさんは、飽きるどころか年齢を重ねてますます楽しくなっているそうだ。
そして模索中ではあるが、 大人の趣味については、問題から目を背けるためのものよりも、問題と向き合うためのもののほうがいいかもしれない と書かれていた。

この問題については、同じく気になっていた。
しかし今のところ、私も年齢を重ねてますます楽しくなっている。
むしろ今段階で気になっているものは、生きている間にすべて摂取できない気がしている。
新鮮味はなくなってくるとしても、今持っている興味や好奇心のようなものを持続させる術はある気がするので、探っておきたい。

問題と向き合うものの方が良いという考えも、たしかにと思った。
この本では「不安とは起きていないことに対して抱くものだ」ともあったが、問題と向き合い続けることで、起きたとしても自分でどうにかできるかもという自信がつく。それは遠回りに見えたとしても、その後の生きやすさが段違いに違う。

 

チェコ好きさんの文章には、人生を俯瞰して見ている印象を受けるものが多い。
そういった人生の見方が根底にある方だと感じているため、私はこれからも心強い味方としてチェコ好きさんの文章を読み続けるだろう。